「日本のエンゲル係数が、G7(先進7カ国)の中で最も高い水準にある」——。
このようなニュースを聞くと、私たちは「食料品の物価高騰で、家計が苦しくなっている」「日本は貧しくなった」といった、直接的な「食費の負担増」を想像しがちです。
もちろん、それらも要因の一つでしょう。しかし、もしこの問題の根底に、「食費」以外の要因、具体的には「住居費(家賃)」の構造的な違いが隠れているとしたらどうでしょうか。
本記事では、「日本のエンゲル係数が高いのは、G7他国と比較して相対的に住居費の負担が(統計上)低く計上されるためではないか」という仮説(オピニオン)に基づき、その理由を深掘りしていきます。
エンゲル係数の「分母」の罠
まず、エンゲル係数の定義を再確認します。エンゲル係数は、以下の式で計算されます。
エンゲル係数(%) = 食料費 ÷ 消費支出 × 100
私たちが注目すべきは、分子の「食料費」だけではありません。真の鍵を握るのは、分母である「消費支出」です。
「消費支出」とは、私たちが生活するために使うお金(食費、住居費、光熱費、交通費、娯楽費など)の総額です。(※税金や社会保険料、貯蓄、住宅ローン返済などは「非消費支出」として、通常この分母に含まれません)
この「消費支出(分母)」が小さくなれば、たとえ「食料費(分子)」が変わらなくても、エンゲル係数は自動的に高くなります。
仮説:G7他国より「住居費」の割合が低い日本
ここで、G7他国(特に欧米)の状況と比較してみましょう。
アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスなどでは、都市部の家賃が歴史的な高騰を続けていることが社会問題化しています。収入(消費支出)に占める家賃の割合が30%、40%を超えることも珍しくありません。
一方、日本はどうでしょうか。もちろん東京の都心部は高額ですが、G7他国の主要都市と比較した場合、あるいは地方都市を含めた平均で見た場合、「日本の家賃は(G7の中では)相対的に安い」あるいは「安定している」と指摘されることがあります。
もし、G7他国の人々が「消費支出」の多くを「家賃」に割かざるを得ない場合、彼らの「消費支出(分母)」は非常に大きくなります。その結果、エンゲル係数は低く算出されやすくなります。
逆に、日本の「消費支出」に占める「住居費」の割合が他国より低いのであれば、それが分母を押し下げ、エンゲル係数を押し上げる要因になっているのではないか。これが本記事の仮説の核心です。
最大の要因:「持ち家率」と「住宅ローン」の統計マジック
この「住居費が(統計上)低く見える」背景には、単に「家賃が安い」という理由以上に、日本の「持ち家」の特殊な事情が深く関わっています。
日本の持ち家率は約6割と、G7の中でも比較的高い水準です。(※ドイツなどは賃貸率が非常に高い)
ここで、家計調査における「消費支出」のルールが重要になります。
- 賃貸世帯:支払う「家賃」は「消費支出」に計上されます。
- 持ち家世帯(ローン返済中):「住宅ローン返済額」は、借金の返済とみなされ、「非消費支出」に分類されます。つまり、「消費支出(分母)」には含まれません。
- 持ち家世帯(ローン完済済):住居にかかる費用は「固定資産税」や「修繕費」のみ。「消費支出(分母)」に計上される住居費は、家賃に比べて極端に低くなります。
統計上、エンゲル係数が高くなる人々
このルールが何をもたらすか。
例えば、高齢化が進む日本では「住宅ローンを完済した持ち家世帯」が非常に多く存在します。彼らの家計では、「消費支出(分母)」に占める住居費がほぼゼロになります。
また、「住宅ローン返済中」の世帯も、住居費(ローン返済)が「消費支出(分母)」から除外されます。
これらの世帯は、住居費の負担が実質的にあっても、統計上の「消費支出(分母)」が小さくなるため、同じ金額の食費を支出していても、エンゲル係数が自動的に跳ね上がってしまうのです。
G7他国、例えば賃貸比率が高く、家賃も高いドイツやイギリスと比べた場合、日本ではこの「統計上のマジック」によってエンゲル係数が高く算出されやすい構造的な要因があると言えます。
結論:日本のエンゲル係数が高いのは「貧しさ」だけが理由ではない
もちろん、近年の食料品価格の高騰が日本の家計を圧迫し、エンゲル係数を押し上げている側面は否定できません。
しかし、日本のエンゲル係数がG7諸国と比較して突出して高い理由を「食費」だけに求めるのは、実態を見誤る可能性があります。
その背景には、
- G7他国と比較して、相対的に住居費(家賃)が安定している(高騰していない)可能性。
- そして何より、「高い持ち家率」と「住宅ローン返済を消費支出に含めない」という統計上の扱いにより、分母となる「消費支出」が他国より小さく計算されがちであること。
これらの要因が、日本のエンゲル係数を構造的に高く見せている「大きな理由」であると、私は考察します。エンゲル係数の数字だけを見て「日本はG7で一番貧しい」と短絡的に結論づけるのは、非常に危険な見方だと言えるでしょう。


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